戦前土木名著100書

琵琶湖疏水工事図譜 【土木名著百書(明治から1945年まで)文献解題】
日本土木文化遺産調査会(故飯吉精一代表)は鹿島財団助成金によって、明治初期から1945(昭和20)年までの土木関係出版図書について全面的な調査を1978年と1979年の2年間にかけて行った。主要出版図書の目録作成と保存書の選出を行った結果、約2,000冊の目録集成を終え、1981年にはその目録に基づいて、アンケート調査によって 古典的名著約280書を選出した。
この調査会のメンバーでアンケート調査を行った土木学会の岡本義喬編集課長(当時)によれば、アンケート先は原則として戦前に土木教育を終了した250名で、回答を147名(回答率58%)から得(最高1人 35冊から最低1冊まで)、1920票の膨大なアンケート結果を集計して約280書を選んだという。次にこの280書について再度アンケートを144名に発送、127名より回答を得て(回答率88%)、いわゆる名著百書(土木工学シリーズ1点を含む)を選出した。
(中略)
明治工業史他 「百書」がえらばれた経緯は以上の通りであり、アンケートを受けた人々の主観によって左右されることはもちろんである。また100冊というのも便宜的な数であるのも当然である。
しかし相当数の人々へのアンケートであり、1945年までの著書に限定しているため、歴史的評価にもなっており、現時点での選出としてはおおむね当を得た選出と考えられよう。これ以外は名著でないというわけではないが、重要な名著は漏れなく選ばれていると考えてよいであろう。
これら名著を概観すると、必然的に明治開国から第二大戦までの日本の土木工学の歩みが伺われる。明治・大正時代の著書には欧米の文献からの引用が相当に多いものもあるが、それは当時の日本の学問がまず欧米の名著の消化から始まったことを意味していると考えられるし、その消化自体、現在のわれわれが想像するよりはるかに努力を要する仕事であったと考えられる。
(『土木工学大系第1巻 土木工学概説』高橋裕,酒匂敏次,椎貝博美共著 彰国社刊 1982年から引用)

● 土木工学関係書(77冊)
No.書名著者名発行所発行年
1水理真宝 巻之上・下市川 義方著田中水理館明治8年
2堤防溝洫志佐藤 信有著名山閣明治9年
3蘭均氏土木学 上・下Rankine著水野 行敏訳文部省明治13年
4土木工要録 天・地・人・附録2帖内務省土木局編有隣堂明治14年
5堰堤築法新按大鳥 圭介訳碧雲名圃明治14年
6治水本源砂防工大意宇野 円三郎著申々堂明治19年
7袖珍公式工師必携 3冊田辺 朔郎著村上勘兵衛明治21〜24年
8Plate Girder Constructtion 1888 (The Van Nostrand Science Series,No.95)Hiroi, IsamiThe Van Nostrand Pub.明治21年
9治水論西 師意著清明堂明治24年
10琵琶湖疏水工事図譜田辺 朔郎著田辺朔郎明治24年
11土木必携二見 鏡三郎著建築書院明治27年
12水力田辺 朔郎著丸善明治29年
13築港 巻一〜巻五広井 勇著工学書院明治31〜35年
14The Statically Indeter minate Stresses in Frames Commonly Used for Bridges 1905Hiroi, IsamiThe Van Nostrand Pub.明治38年
15鉄筋コンクリート井上 秀二著丸善明治39年
16工業力学柴田 畦作著丸善明治43年
17土木施工法鶴見 一之・草間 偉瑳武共著丸善大正1年
18君島大測量学 上・下巻君島 八郎著丸善大正2〜3年
19治水岡崎 文吉著丸善大正4年
20土木工学 上・中・下巻川口 虎雄[ほか]共著丸善大正4,5,8年
21鐵筋混凝土の理論及其応用 上・中・下巻日比 忠彦著丸善大正5,7,11年
22鐵筋混凝土工学阿部 美樹志著丸善大正5年
23鋼拱橋及鉄筋混凝土拱二見 鏡三郎著工学社大正6年
24下水道鶴見 一之著丸善大正6年
25河海工学 第1〜第6篇君島 八郎著丸善大正7〜昭和2年
26Theorie des tragers auf Elastischer Unter age und Ihre Anwen dung auf den Tiefbanl 1921Hayashi, KeiichiSpringer Berlin 大正10年
27とんねる田辺 朔郎著丸善大正11年
28材料力学小野 鑑正著丸善大正11年
29最近上水道森 慶三郎著丸善大正12年
30最近下水道森 慶三郎著丸善大正12年
31水力調査書 第1〜7巻逓信省編電気協会大正13〜14年
32本邦道路橋輯覧 1・2輯 増補・3・4輯内務省土木試験所編内務省土木試験所編大正14,昭和3,10,14年
33構造強弱学 上・下巻大藤 高彦・近藤 泰夫共著丸善大正15,昭和5年
34架構新論鷹部屋 福平著岩波書店昭和3年
35橋梁設計図集 第一〜三輯
番外:永代橋上部構造設計図集
復興局土木部橋梁課編シビル社昭和3〜4年
36上下水道(萬有科学大系、続篇12巻、第21編)草間 偉著誠文堂昭和4年
37応用力学ポケットブック山口 昇著鉄道時報局昭和5年
38RahmentafelnTakabeya, FukuheiSpringer Berlin 昭和5年
39港工学鈴木 雅次著常磐書房昭和7年
40日本水制工論真田 秀吉著岩波書店昭和7年
41鐵筋コンクリート設計法吉田 徳次郎著養賢堂昭和7年
42小池橋梁工学 第1〜3巻小池 啓吉著日本文化協会昭和7,8,12年
43測量学 上・下巻(総合工学全集 土木工学科、13巻の1、2)林 猛雄著誠文堂昭和7〜8年
44サージタンク新井 栄吉著正興館書店昭和7年
45振動学(工業物理学叢書)妹沢 克惟著岩波書店昭和7年
46発電水力萩原 俊一著常磐書房昭和8年
47水理学物部 長穂著岩波書店昭和8年
48土木耐震学物部 長穂著常磐書房昭和8年
49土木施工法−土工・基礎工・混凝土工谷口 三郎著常磐書房昭和8年
50鋼橋の理論と計算 上・下(最新土木工学名著翻訳)Bileich著 奥田 秋夫[ほか]共訳コロナ社昭和8,10年
51鉄道線路撰定及建設小野 諒兄著シビル社昭和9年
52鋼橋 上・中・下巻三浦 七郎著常磐書房昭和9〜11年
53鐵筋コンクリート理論福田 武雄著山海堂昭和9年
54隧道工学小林 紫朗著工業雑誌社昭和9年
55発電水力(岩波全書55)高橋 三郎著岩波書店昭和10年
56鎔接鋼橋青木 楠男著シビル社昭和10年
57地質工学渡辺 貫著古今書院昭和10年
58土木工学ポケットブック 上・下巻土木工学ポケットブック編集会編山海堂昭和11年
59土の力学(岩波全書81)山口 昇著岩波書店昭和11年
60治水工学宮本 武之輔著修教社書院昭和11年
61鐵道工学 上・下巻(総合工学全集2・土木工学科、13巻の7)稲田 隆著誠文堂昭和12,17年
62地方計画の理論と実際武居 高四郎著冨山房昭和13年
63鐵道 上・下巻(土木工学基礎定本)小野 諒兄著同文書院昭和15年
64弾性橋梁−及び建築構造の理論と其の應用 (*選書対象は第1版であるが補修・訂正のある第2版を掲載) 成瀬 勝武著河出書房昭和23年
65都市計画及國土計画−その構想と技術(日本工学全書)石川 栄耀著工業図書昭和16年
66日本國土計画論石川 栄耀著八元社昭和16年
67高等函数表林 桂一著岩波書店昭和16年
68コンクリート及鐵筋コンクリート施工法吉田 徳次郎著丸善昭和17年
69高等水理学本間 仁著工業図書昭和17年
70上下水道広瀬 孝六郎著山海堂昭和17年
71測量学−應用篇石原 藤次郎・近藤 泰夫 ・米谷 栄二共著丸善昭和17年
72構造力学(応用数学第12巻)福田 武雄著河出書房昭和17年
73トンネル(岩波全書106)平山 復二郎著岩波書店昭和18年
74道路舗装法 上・下巻久野 重一郎著養賢堂昭和18〜19年
75土質力学 1−土性論に就てTerzaghi著 石井 靖丸訳常磐書房昭和18年
76河川学野満 隆治著地人書館昭和18年
77河相論安芸 皎一著常磐書房昭和19年


● 土木一般関係書(22冊)
No.書名著者名発行所発行年
78工学字彙野村 龍太郎・下山 秀久共著工学協会明治19年
79伊能忠敬大谷 亮吉編著岩波書店大正5年
80技術生活より直木 倫太郎著鉄道時報局大正7年
81日本鐵道史 上・中・下巻・年表鐵道省編鉄道省大正10年
82田辺朔郎博士六十年史西川 正治郎著山田忠三大正13年
83橋と塔浜田 青陵著岩波書店大正15年
84明治工業史 鐵道篇工学会・啓明会編工学会大正15年
85大正12年関東大地震震害調査報告書 第1〜3巻土木学会編土木学会大正15,昭和2年
86日本水道史中島工学博士記念事業会編中島工学博士記念事業会昭和2年
87日本築港史広井 勇著丸善昭和2年
88 明治工業史 土木篇工学会・啓明会編工学会昭和4年
89 工学博士広井勇伝故広井工学博士記念事業会編故広井工学博士記念事業会昭和5年
90 土木工学論文抄録集第1〜2集土木学会編土木学会昭和9〜10年
91丹那トンネルの話鉄道省熱海建設事務所編鉄道省熱海建設事務所昭和9年
92明治以前日本土木史土木学会編土木学会昭和11年
93丹那隧道工事誌鉄道省熱海建設事務所編鉄道省熱海建設事務所昭和11年
94土木工学用語集土木学会編土木学会昭和11年
95橋梁美学加藤 誠平著山海堂昭和11年
96古市公威故古市男爵記念事業会編故古市男爵記念事業会昭和12年
97トンネルを掘る話(「小国民のために」シリーズ)有馬 宏著岩波書店昭和16年
98明治以後本邦土木と外人土木学会編土木学会昭和17年
99橋の美学(アルス文化叢書、17)鷹部屋 福平著アルス昭和17年

● 土木シリーズ『高等土木工学』(1セット全20冊)
No.100 『高等土木工学』 常磐書房 昭和5〜8年
巻号 書名 著者名 発行年
第一巻 應用地質学 平林 武著 昭和7年
應用地震学 物部 長穂著 昭和7年
土性力学 山口 昇著 昭和7年
第二巻 應用力学 高橋 逸夫著 昭和7年
應用水理学 村野 為次著 昭和7年
第三巻 測量学 関信 雄著 昭和6年
第四巻 土木材料 藤井 真透著 昭和7年
第五巻 基礎工及土木施工法 谷口 三郎著 昭和7年
第六巻 鐵筋混凝土工学 前篇・後篇 吉田 弥七・永田 年著 昭和6年
第七巻 土木工事用器具機械 志水 直彦著 昭和6年
隧道工学 瀧山 興著 昭和6年
第八巻 道路工学 牧野 雅楽之丞著 昭和6年
第九巻 橋梁工学 三浦 七郎著 昭和6年
第十巻 鐵道工学 平井 喜久松・岡田 信次著 昭和6年
第十一巻 軌道工学 佐藤 利恭著 昭和5年
高速鐵道工学 清水 熙著 昭和5年
第十二巻 上水工学 河口 協介著 昭和6年
下水工学 茂庭 忠次郎著 昭和6年
第十三巻 河川工学 福田 次吉著 昭和6年
第十四巻 港湾工学 鈴木 雅次著 昭和6年
第十五巻 発電水力工学 萩原 俊一著 昭和7年
第十六巻 電気工学 森田 重彦・林 誠一著 昭和6年
渓流及砂防工学 赤木 正雄著 昭和6年
第十七巻 都市計画 内山 新之助著 昭和6年
建築工学 伊部 貞吉著 昭和6年
第十八巻 土木行政 田中 好著 昭和7年
第十九巻 土木瑣談 牧 彦七著 昭和8年
近世道路史論 和田 篤憲著 昭和8年
交通運輸 江守 保平著 昭和8年
第二十巻 鐵道工学特論 池原 英治著 昭和8年

□ 番外編1:ストルム・ボイシン著 『治水学主河編』『治水摘要』 (解題あり)
No. 書名 著者名 発行所 発行年
1 治水学主河編 ストルム・ボイシン著 / 熱海 貞爾訳 - 明治4年
2 治水摘要 ストルム・ボイシン著 / 熱海 貞爾訳 - 明治4年

治水学主河編 治水摘要 【解題】
「治水学主河編」と「治水摘要」,この二書が本邦初の河川工学図書である.この二書以前に刊行された河川工学図書は,少なくとも現在のところ見付かっていない.
二書は共に全三巻で構成され,前者の「治水学主河編」巻壹の冒頭,訳例には,原書がストルム・ボイシン著書の改訂増補第三版,元治元(1864)年刊と述べられた上で,訳者,「熱海 篤 貞爾」と記され,訳出年は「明治4年辛未春」とある.他方,後者の「治水摘要」首巻の冒頭,小序には,原著がストルム・ボイシンの著書であることが述べられた上で,訳者,「熱海貞爾」と記され,訳出年は「明治4年辛未冬」とある.
明治4(1871)年と言えば,ファン・ドールン(van Doorn)がオランダ人の河川技術者として初めて来日した1年前のことである.しかも,治水にかかわる政府機関は会計事務局営繕,会計官営繕司,民部官土木司と変転し,この時期,内務省は設立されていない.つまり,オランダ人の河川技術者が来日する以前,そして治水機関が未だ確立されていない時期に,オランダの河川工学図書が輸入され,二書が訳出され,刊行されていたことになる.

では,二書は,誰が,どのような動機をもって訳出され,刊行されたのか.残念ながら,これを知る手がかりは,現在のところ明らかになっていない.

さて,二書の著者,ストルム・ボイシン(Storm Buysing)の来歴等は,井口昇平の研究成果によると以下のようである.
ボイシンは,1802年にオランダのLeeuwaardenで産まれ,1818年にはオランダの土木行政部局の幹部候補生に任命されてDelftの陸軍砲工学校に入学した.
そして1835年,Bredaの陸軍大学校の水工学の教官に任命された.Breda陸軍大学校から工科学校が独立した1844年,ボイシンはWaterboukunde上巻を刊行し,翌1845年にWaterboukunde下巻と別冊が刊行された.工科学校における教授への昇任は1859年,Waterboukundeの改訂増補第三版の刊行が1864年である.つまり,これが二書の原著で,ボイシン没年は1870年である.

このWaterboukundeの改訂増補第三版を原著として訳出されたのが二書で,井口昇平によると,「治水学主河編」は,Waterboukunde下巻第1章「オランダのおもな川」の前半部の完訳で,「治水摘要」は,Waterboukunde下巻第1章「オランダのおもな川」と第2章「川および運河による舟航」の部分訳であるとしている.

他方,訳者,熱海貞爾は1836(天保6)年,宮城県で産まれ,白石城主片倉氏の家臣となった.その後,江戸で大槻俊斉から蘭学を学び,仙台藩に召し出されて養賢堂洋学教授となる.そして,戊申戦争の際,旧幕軍に係わり,後の明治3年,福沢諭吉の取りなしで翻訳官に就き,明治9年には内務省土木寮に属していた.没年は1884(明 治17)年である.

そこで以下,二書を読む場合の要点として,二書の刊行の目標や書籍の性格等を概述する.
まず,二書の刊行の目標に関し,「治水学主河篇巻壹」には次のような記述がある.
「河流ノ学…ヲ究メンニハ…」,「…高低流下放水ノ手段…要領等…ヲ講究…」.
つまり,「治水学主河篇」は,「河流の学」を究め,「放水ノ手段」などを考究するために訳出,刊行されたことになる.二書が刊行された目標がここにある.
続けて訳者,熱海は,「原語ノ義ヲ直訳スレハ…患アリ」,「故ニ原意ヲ主トシ勉メテ其義に協フヘキ文字ヲ嵌メ…」と,オランダ原文を訳すに当たり,原文に相当する日本語がない場合は,「原意の義」に勉めて「文字」を当てはめたと記している.

では,訳者,熱海は,オランダ語の原文,それも河川工学上の用語をどのように訳したのか,という視点で,具体例を引いて考えてみる.
焦点は「放水路」という用語で,これの考察を通して,二書の性格,また刊行当時における日本国内の工学上の問題の一端が明らかになる.
著者,ストルム・ボイシンは,オランダ国内の河川改修の事例を幾つか挙げているが,その一つが,パンナーデン運河(Pannerden Kanaal)である.当該運河は,1707年,ライン(Rijn)河の分派川,ワール(Wael)河の洪水の負担を解消する目的で,右岸の都市パンナーデン(Pannerden)からレック(Lek)河に向けて開削された新川であって,この運河によってワール河の洪水量の1/3が放流されるようになった.つまり,パンナーデン運河とは他河川を放流先とする放水路のことである.

このパンナーデン運河について,熱海は「治水学主河編巻弐」で次のように訳している.
「此溝渠ハ所謂『パンネルデンセカナール』ト唱フル者ニシテ…」,「其堀開ハ…要害ノ溝渠ナリ…」,「常ニ『ワール』ノ口ト『パンネルデン』溝…両河ヲシテ共ニ放水ノ事…ヲ約定セリ」,「『スペーキ』ノ堤ノ修復及ヒ保護ノ為ニ『ワール』ト『ネイーデルレイン』トニ其高水ヲ分ツ」.

熱海は,ライン河の放水路の一つ,ネーデルライン河を「溝渠」あるいは「堀開」と訳し,また洪水の放流を「放水の事」あるいは「高水を分かつ」と訳したのである.こうした語訳は,「治水摘要」も同様で,「治水摘要首巻」第七の「漲溢及ヒ誘導ノ事」の章には,「堤防一タル破ルヽトキハ…溢堤或放水閘ヲ設ケテ…」とあり,また第八の「河状改正ノ事」の章では,「放水ニハ溢堤ヨリモ閘ヲ良トス」と訳されている.

ストルム・ボイシンは,著書のなかで,ネーデルライン河などを事例に挙げて,河道の狭窄が原因となって堤防の破壊のおそれが有る場合などは越流堤あるいは分水門を設けて,超過する洪水を分派,分流する方法があると述べたけれども,訳者,熱海は,この水路を「放水路」という用語で訳すことはなかった.「放水路」という用語が使用されたのは,二書刊行後の5年後,明治9(1876)年の内務省第一回年報が初出である.

日本では明治に至るまで,大和川や大野川,旭川など,諸河川で洪水を放流する目的の水路が建設されて来たが,これらは「放水路」とは呼ばれなかったし,「放水路」という洪水処理の概念それ自体も確立されることが無かった.この「放水路」のように,河川工学の用語は,明治になって初めて登場するケースが実に多く,近代河川技術は,全国的に通用する統一された用語の採用,また用語を規定する概念の咀嚼や検討が繰り返されるなかで確立するに至ったと考えている.

このように,二書を河川工学上の視点から考察すると,明治初頭の治水関係者はオランダから何を学ぼうとしていたのか,さらに治水関係者の間ではどのような専門用語が使用されていたのか,という当時の状況が垣間見える.そういう意味で,二書は,河川工学の系譜を知るために,また近代初頭の工学上の課題を考究するために必読の書である.

参考文献
井口昇平,「19世紀中期のオランダの代表的な水工学書Storm BuysingのWaterboukundeについて」,デ・レーケ研究第9号,地域開発研究会,1995.11.10.
G.P.Van de Ven,"Man-made Lowlands (History of water management and land reclamation in the Netherlands)",Stiching Matrijs,1993.
藤井肇男,土木人物事典,アテネ書房,2004.12.
岩屋隆夫,日本の放水路,東京大学出版会,2004.11.16.

(岩屋 隆夫)
(解題執筆 岩屋 隆夫)
□ 番外編2:ファンドールン、エッセル、デレイケ関連資料
● ファン・ドールン
No 書名 著者名 発行年
1 治水總論 ファン・ドールン著 / 殿川 碇訳 明治6年
2 河水改修の考按 ファン・ドールン著 / 殿川 碇訳 明治6年
● エッセル、デ・レイケ
No 書名 著者名 発行年
1 殿河改修之大意 エッセル著 明治7年
2 越説尓氏桂川改修説 巻之下 エッセル,デ・レイケ著 明治8年
3 澱川右岸卑湿地悪水排除之件 デ・レイケ著 / 宮原 直尭訳 明治22年
4 大阪築港水堤構造設計書 デ・レイケ著 明治26年
5 大阪天保山沖海底土質ニ関スル上申書 デ・レイケ著 / 宮原 直尭訳 明治26年
6 大阪築港用混凝石成分辨明及豫算書 デ・レイケ著 / 宮原 直尭訳 明治26年
7 大阪築港計畫書 デ・レイケ著 / 宮原 直尭訳 明治27年
8 大阪築港工費豫算書 デ・レイケ著 明治28年
9 大阪築港工費豫算参考書 デ・レイケ著 明治28年
10 砂防工大意 井上清太郎著 明治24年(大正15年)

△Top

© Japan Society of Civil Engineers, JSCE Library